鎖骨上ブロック

Posted on 8th 6月 2011 by admin

2011年後半から,肩関節の手術には,鎖骨上ブロック(以下SCB)を行っています.神経の同定が容易で,鎮痛効果は斜角筋間ブロックと同等,横隔神経麻痺や嗄声,ホルネル症候群などの副作用が少なく,エコーでの針先の描出は容易です.ランドマーク法では気胸のリスクがあり,難しいブロックでしたが,超音波ガイド下では安全に施行できます.
ニューヨークの整形外科専門病院HSS(Hospital for Special Surgery)から,肩の関節鏡手術(ARCRなど)に対するSCBの有効性,安全性を検討した論文が出ています.局所麻酔薬の量が1.5%mepivacaine50mlとかなり多いですが,ブロック+プロポフォールのセデーションのみで手術を行なっています.SCBは654例に行い,成功率99.7%,神経損傷0.一方,斜角筋間ブロックは515例に行い成功率100%,神経損傷0.9%(数周から数か月で完治),両群とも気胸0,血管穿刺0で,術後の嗄声は斜角筋間ブロックに多かったとのことです.
A prospective clinical registry of ultrasound-guided regional anesthesia for ambulatory shoulder surgery. Anesth Analg. 2010 Sep;111(3):617-23.
肩甲上神経が分岐した末梢側で行うSCBは,これまで肩関節の手術に一般的ではありませんでしたが,ここで投与された局所麻酔薬は大部分が斜角筋間を神経に添って中枢側に流れていくと考えられています.
The “axillary tunnel”: an anatomic reappraisal of the limits and dynamics of spread during brachial plexus blockade. Anesth Analg. 2007 May;104(5):1288-91

穿刺針:23G 5cmまたは22G 10cmのブロック針(プローベから少し離れたところから穿刺すると到達まで5-6cmになることがあります.神経が深い位置にあるケースでは10cm針を使います.)

薬剤:0.375%アナペイン20mlまたは0.5%ポプスカイン20ml

鎮痛効果:アナペインは12時間,ポプスカインは20時間程度.

適応:おもに肩関節と上腕骨の手術に用いています.腱板断裂手術,人工肩関節置換術など長時間効かせたい場合はポプスカインそれ以外はアナペインです.肘関節より末梢の手術にも有効ですが,肩から動かせなくなるので三角巾が必要となります.このため前腕の手術などに用いると腕が重だるいといわれることがあります.肘関節より末梢の手術では,腋窩ブロックやさらに末梢側でのブロックを選択するのがよいと考えています.

方法:仰臥位で顔を反対側に向けます.仰臥位のままでも穿刺できますが,私はブロックする側に肩枕を入れて,肩が手術台から軽く浮き上がるようにして行っています.麻酔科医は右側のブロックでは患者の頭側に,左側のブロックでは足側に立ちます.ここまでは斜角筋間ブロックと同じです.患者さんが極度に緊張していると肩に力が入り,肩が挙上されブロックがむつかしくなります.鎮静を適度に行い,肩の力を抜いてもらう必要があります.鎖骨上窩に鎖骨に平行にプローベを置きます.depthを3cm程度に設定し,まず鎖骨下動脈を確認.その上または外側にある神経叢を確認します.

プローベを中枢側に平行移動して,斜角筋間まで神経を追いながら確認し,またもとの位置までゆっくり戻します.

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次のように,腕神経叢が分岐して鎖骨下動脈の上内側と外側にわかれていることもあります.

このケースは上神経幹->外側神経束(と思います)が,鎖骨上では分岐し,動脈の上内側に位置しています.ここで,外側にある神経だけをブロックすると,効果が不十分となるかもしれません.下の動画のようにプローベを移動しながら神経の走行をよく観察することが大切です.このケースは神経が一緒になったやや中枢よりでブロックし,良好な術後鎮痛が得られました.

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次いで,カラードップラーで,鎖骨下動脈の枝が神経の近傍を走行し,ブロック針の通り道をさまたげないか見ておく必要があります.この付近は,血管が豊富なので必ず確認してください.下図のようなケースではプローベを少し中枢側に移動または傾けて,血管が見えなくなるところでブロックします.

次のように,やや中枢よりに動脈が走行していることもあります.

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ちょうど動脈が横断しているところのカラードップラーを下に示します.

鎖骨下動脈,神経叢,中斜角筋,第一肋骨などを確認し,穿刺部位を定めたら,マークをしておきます.私は,プローベの外側から少し離れた,僧帽筋の上を穿刺部位とすることが多いですが,プローベのすぐ外側で穿刺してもかまいません.消毒し,局麻を浸潤します.ついでブロック針を皮下まですすめ,エコーでしっかり針先が確認できるよう調節したら,神経叢の中心付近をめざしてさらに針を進めます.教科書ではcorner pocket,鎖骨下動脈のすぐ外側で神経叢の下縁と第一肋骨で形成される部位を目標にするように書かれています.前腕や手の手術にこのブロックを用いる際は,ここを通過する下神経幹->内側神経束->尺骨神経領域の麻酔も必要なので,corner pocketを目指す必要があります.肩や上腕骨の手術では,尺骨神経領域の麻酔が不十分でも術後鎮痛には支障ないので,神経叢の中心部を目指すようにしています.胸膜に近づける必要がないので,気胸のリスクが少ないと考えています.内側アプローチでcorner pocketを目指し気胸を起こした報告があります.
Case report: pneumothorax as a complication of the ultrasound-guided supraclavicular approach for brachial plexus block. Anesth Analg. 2010 Sep;111(3):817-9.
6年間で2000回以上の超音波ガイド下SCBを行っている施設で唯一の気胸だそうです.エキスパートでも針先を見失うことがある,第一肋骨と胸膜は見分けが難しいことがある,と述べています.

神経叢に接するところまで針が到達したら,これを取り囲む筋膜(通常は中斜角筋の筋膜)を慎重に破ります.軽い抵抗があって,神経叢のある組織内に針が進んだら,針を止め,吸引試験をして,1ml程度の局麻薬をテスト注入し,注入抵抗やparesthesiaがないことを確認します.問題なければ,3-5mlづつ吸引を繰り返しながら分割投与します.正しく薬液が広がっていれば,針先をそれほど動かさずとも十分な鎮痛効果が得られます.抜針後にもう一度エコープローベを斜角筋間まで移動させて,神経周囲に薬液が広がっていることを確認します.

肩の手術なので下神経側->内側神経束にはあえて針を進めていません.

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筋膜を破る瞬間の抵抗がわかりやすいです.途中から神経内注入になったと思われるケースです.

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次は,test doseでparesthesiaが出現したため,針を少し引き抜いて薬液注入したところ,筋膜の手前側に薬液が広がったケースです.このように紡錘形に薬液が広がるときは神経叢に届いていません.再度,しっかり筋膜を貫通してから残りの薬液を注入する必要があります.筋膜内に針があるときは,上の2例のように円形に薬液がひろがります.

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鎖骨上ブロックでは高率に神経内注入(神経外膜内注入)が発生しているかもしれないという議論があります.
Quantitative architecture of the brachial plexus and surrounding compartments, and their possible significance for plexus blocks. Anesthesiology. 2008 Feb;108(2):299-304.
この論文で示されている腕神経叢のCryomicrotomy(詳細はよくわかりませんが)の画像は,ブロックを行う上でも参考になります.

Ultrasound-guided supraclavicular block: What is intraneural? Anesthesiology. 2010 Jan;112(1):250-1
上記論文へのレターで,その内容が正しければ,SCBでは日常的に神経内注入を行っていることになると述べています.

Incidence of unintentional intraneural injection and postoperative neurological complications with ultrasound-guided interscalene and supraclavicular nerve blocks. Anaesthesia. 2011 Mar;66(3):168-74.
超音波ガイド下に斜角筋間または鎖骨上ブロックを行ったところ,17%に神経内注入の所見がみられたと報告しています.

神経を囲む筋膜と神経叢の間隙(脂肪組織)に薬液を注入しているつもりですが,実際はそのような間隙はわずかしかありません(下図).さらに筋膜に接する神経外膜(epineurium)は比較的弱い疎性結合組織であるため,ブロック針で筋膜を貫通するときに,いっしょに破られる可能性があります.筋膜を貫通した後,針の操作中に神経外膜を破ることもあるでしょう.

最近では,意図的に神経内注入を行っても,必ずしも神経損傷が発生するわけではないことがわかってきています.
Nerve puncture and apparent intraneural injection during ultrasound-guided axillary block does not invariably result in neurologic injury. Anesthesiology. 2006;105:779-83.
この報告では,症例数が20数例と少ないですが,腋窩部で,正中,尺骨,橈骨,筋皮の各神経を超音波ガイド下に穿刺し,神経内注入を行っています.その結果,穿刺時にparesthesiaはあるものの,通常通りのブロック効果が得られ,神経損傷は発生しませんでした.

神経線維の集まりである神経束(fascicle)は,強固な密生結合組織の神経周膜(perineurium)に守られていて,ブロック針では貫通されにくくなっています.このため,神経線維自体は損傷されず,薬液はその周囲の結合組織や脂肪組織などに浸潤していくと考えられています(下図).
ちょうど,髄液のなかを馬尾神経が浮遊していて神経損傷が発生しない脊椎麻酔のように,末梢神経の場合も針から神経線維束が守られるような構造になっているのではないかと考えています.

腋窩部では各神経が離れて位置し,その間に血管や脂肪組織があるのでそれぞれの神経周囲に薬液を浸潤させることができます.意図的に神経を穿刺しないかぎり,通常は神経内注入にはなりません.一方,鎖骨上部は,神経組織が密集し一塊となっていて,各神経のすきまはほとんどありません.筋膜との間隙もわずかで,そこに針先をすすめて薬液を注入することは,それほど簡単ではなさそうです.

いずれにしても,現状では,SCBは全身麻酔下では行わない,鈍針を用いる,テスト注入でparestheiaや注入抵抗がないことを必ず確認する,など基本的なルールを守り,神経内注入になる可能性があるとの認識で慎重に針を操作するのがよいと思います.

私自身は,SCBや斜角筋間ブロックでは,予想以上の高率で神経内注入になっていると感じています.上に示した2例目の動画でははじめに筋膜を貫通したところで薬液を注入しています.薬液が主に外側にばかり広がるので,さらに針をすすめようとしたところ注入抵抗がありました.これは針先が神経外膜を押すように接していたためではないかと考えています.その後,針を戻して薬液を注入しながら,液性剥離をして針を少し進めようとしたのですが,このとき軽いポップ感があって神経外膜を破ったかもしれないと感じました.筋膜よりも容易に破れる薄い膜という感触です.その後は,内側にも薬液が広がっていく様子が認められます.術後,肩から手までまったく動きませんでしたが,鎮痛効果は良好で,翌朝の回診でブロック効果はほぼ消失し,神経損傷を疑わせる所見はありませんでした.YouTubeに投稿されているSCBの動画をみると,神経内注入と思われるものが多くあります.SCBでは神経内注入をむやみに恐れる必要なないのかもしれません.

注意:ここでの神経内注入は神経外膜内で神経線維束外注入の意味です.Epineuriumは神経外膜と訳していますが,解剖学教科書では神経上膜と訳している場合もあり,どちらも使われているようです.epiduralが硬膜外なので,ここでは神経外膜を採用しました.