手術と麻酔

Posted on 24th 5月 2011 by admin

術後痛の少ない小手術では全身麻酔と局所浸潤麻酔(または関節内局所麻酔薬注入),術後痛が中等度から高度な手術では全身麻酔と末梢神経ブロックまたは硬膜外麻酔の併用でおこない,術後に麻薬系鎮痛薬の追加投与をあまり必要としないよう配慮しています.

    • 全身麻酔

覚醒の質がよいのでプロポフォールTCI+レミフェンタニルによるTIVAを用いています.個人差が大きいのであくまでも目安ですが,健康成人では注入時痛軽減のためフェンタニル50-100mcgIV後にプロポフォール効果部位濃度4.0mcg/ml,レミフェンタニル0.2mcg/kg/min前後で開始し,就眠後にエスラックスを投与して気道確保,維持はプロポフォール2.0mcg/ml前後です.70才以上の高齢者はプロポフォール3.0mcg/mlで開始,維持は1.6-1.8mcg/ml,85才以上の超高齢者は2.0mcg/mlで開始して,維持は1.5mcg/mlくらいのことが多いです.
一方,小児では,商用TCIポンプがまだ使えないため,TIVAはあまり普及していないようですが,覚醒時のagitationが少なく抜管がスムース,術後の嘔気が少ない,悪性高熱のリスクがない,回復過程が平穏などの利点があり,私は積極的に行っています.
成人用TCIポンプ(テルモ)が使用できるのは16歳までとなっていますが,10歳くらいまでは,体重>35kgであれば目標効果部位濃度を2.5mcg/ml前後に設定して,年齢16歳としてそのまま使用しています.これまで術中浅麻酔や覚醒遅延などなく,順調に使用できています.10歳未満ではTCIポンプをmg/kg/hモードに変更し,2mg/kg早送りしてから,10mg/kg/hで開始,Paedfusorの式で効果部位濃度を2-3mcg/ml程度(5-10才は2.5mcg/ml前後,1-5才はやや高めで3.0mcg/ml程度)になるよう調節しながら,その後は8->7->6mg/kg/hと順次下げて維持しています.
Review article Overview of total intravenous anesthesia in children
Accuracy of the ‘Paedfusor’ in children undergoing cardiac surgery or catheterization. Br J Anaesth. 2003;91(4):507-13
これらの文献に比べると投与量がだいぶ少なめですが,必ずレミフェンタニルを併用すること,侵襲の少ない比較的的短時間の手術が多いためか,特に浅麻酔の印象はありません.
レミフェンタニルの投与量は成人では0.2mcg/kg/min程度で開始,神経ブロックや硬膜外麻酔を併用するので,その後0.15mcg/kg/minくらいで維持することが多いです.小児では成人の約2倍の0.4mcg/kg/min前後で開始,維持は0.2から0.3mcg/kg/min程度です.

    • 神経ブロック

ほとんどのケースで全身麻酔を併用するので神経ブロックの目的は術後鎮痛です.薬剤は0.375%アナペイン10-20ml程度とし,ドーナツサインにはあまりこだわらず,ポイントとなる筋膜を確実に破ることを心がけています.
神経ブロックの選択には,dermatomeよりmyotomeやosteotomeを重視しています.皮膚,皮下組織は術後疼痛への関与が少なく,必要なら局所浸潤麻酔の追加で十分対応ができるからです.骨折手術では,osteotomeに合わせて神経ブロックを選択し,関節の手術では,主な支配神経をカバーするように神経ブロックを行っています.

神経ブロックには,ごくまれとは言え合併症(けいれん,末梢神経損傷など)の報告があります.手術内容とブロックの侵襲や安全性を考慮して適応を判断します.指の手術や皮膚から浅いところに位置する腱や骨折の手術では,局所浸潤麻酔で十分な鎮痛が得られるので神経ブロックは行いません.
神経ブロックはなるべく末梢側で行い,必要最低限の領域を麻酔するよう心がけています.下腿骨の手術には,臀下部ではなく膝窩部の坐骨神経ブロックや脛骨神経ブロックを選択します.前腕骨の骨接合術であれば,腋窩ブロック,時には肘で橈骨,正中神経ブロックなどを行います.斜角筋間や鎖骨上ブロックも可能ですが,術後,麻痺の範囲が少ない方が患者さんへの負担は少なく,末梢側で行う神経ブロックほど安全と考えているからです.
Neurological complications after regional anesthesia: contemporary estimates of risk. Anesth Analg. 2007;104(4):965-74.
この報告では末梢神経ブロックの中で,神経損傷の頻度が最も高いのは,斜角筋間ブロックとなっています.

Differences in quantitative architecture of sciatic nerve may explain differences in potential vulnerability to nerve injury, onset time, and minimum effective anesthetic volume. Anesthesiology. 2009;111(5):1128-34.
末梢神経は,末梢へいくほど,神経線維の割合が減少し,間質組織が増えることが示されています.

下の文献では脊椎麻酔や硬膜外麻酔を含めた,区域麻酔全体の中では,心停止など重篤な合併症は,脊椎麻酔にもっとも多く,末梢神経ブロックでは少ないことが報告されています.
Serious Complications Related to Regional Anesthesia: Results of a Prospective Survey in France. Anesthesiology 1997; 8:479-486
Major Complications of Regional Anesthesia in France. Anesthesiology 2002; 97:1274?80
脊椎麻酔は手技が容易で広く普及していますが,麻酔自体の侵襲は大きく,重篤な合併症の危険もあるので,十分な準備のもと帝王切開など適応をある程度限定するのがよいと考えています.整形外科領域では,大腿骨頚部骨折,股関節手術,TKAなど手術侵襲が中等度以上のケースにかぎるようにしています.膝から末梢の低侵襲な手術(膝関節鏡や足関節手術など)には,大腿神経ブロック(または腸骨筋膜下ブロック)や膝窩部坐骨神経ブロックを用い,脊椎麻酔は行なわないよう努めています.

    • 麻酔記録

麻酔記録には越川先生が作成されたPaperChartを使っています.商用の自動麻酔記録と比較し,機能,使い勝手ともに遜色ありません.特に,薬剤の効果部位濃度が自動的に算出表示されるのでTIVAを行う上では大変助かります.
小児のプロポフォールTCIにはPaedfusorの計算式を用いています.PaperChartを使われている施設では,prdcnf.txtファイルに以下のテキストを追加すると,Paedfusorの式で血中濃度,効果部位濃度が表示できます.以下のテキストをコピーし,PaperChartのCONFフォルダ内のprdcnf.txtを開き,Propofol(adult){……..}とPropofol(3-11y){……..}の間に貼り付けでください.

//Paedfusorの式を追加する
Propofol(1-12y)
{
article = "Paedfusor pharmacokinetic data set,BJA:95(1):110-13,2005 (1-12yr) [体重]" ;
drug = プロポフォール プロポ ディプリバン ディプ ;
k10 = 0.1527 * 体重値 ^ -0.3 ;
k12 = 0.114 ;
k13 = 0.0419 ;
k21 = 0.055 ;
k31 = 0.0033 ;
ke0 = 0.26;
v1 = 0.4584 * 体重値 ;
dependency
{
"体重?" = 0.5 <= 体重値 <= 200 ;
}
default_view = none; // <- defaultで「何もプロットしない」
default_color_Ce = 192 0 0;
default_color_C1 = 255 96 96;
default_color_C2 = 255 96 96;
default_color_C3 = 255 96 96;
view_scale_factor = 1μg/ml;
}

PaperChartには,デフォルトで成人用のMarshB(Diprifusor)と小児用のKatariaの計算式が入っていますが,Paedfusorの式は上記のように別途追加する必要があります.実際に使用するときには,麻酔開始前にTP.exeを開き,TCIポンプを接続しているところの薬剤選択をディプリバン1%からプロポフォールに変更しておきます.
参考までに6歳男児(身長120cm,体重20kg)でシミュレーションした記録を表示しておきます.

下図は同じ記録を成人用Diprifusor,小児用Paedfusor,小児用Kataria(Ke0=0.41としています.Anesthesiology 2004;101:1269-74)の各計算式で表示したものです.Paedfusorで効果部位濃度2.5のとき,Diprifusorでは3.34,Katariaでは2.07となっています.小児TIVAを始めたころ,Katariaの計算式で2-3mcg/mlとなるよう投与していましたが,やや深麻酔傾向で,覚醒に時間を要することがたびたびでした.Paedfusorの式を用いるようになってから,覚醒はすみやかです.

    • 局所浸潤麻酔

長時間作用性のアナペインを局所浸潤麻酔として用いると術後疼痛に有効です.皮膚に近い骨折や腱,靱帯などの小手術には十分な鎮痛効果があります.手術開始前に皮膚切開周囲に皮下注射する方法と手術終了前に創部にアナペインを浸す方法があります.脊椎手術,手,足の手術,短時間の骨折手術などに用いることができます.術後6時間程度有効なようです.

    • 関節内局所麻酔薬注入

膝の関節鏡下半月板切除術などでは関節内局所麻酔薬注入が術後疼痛に有効です.神経ブロックのような筋力低下やしびれ感もありません.
しかし,欧米では,局所麻酔薬の関節軟骨細胞への毒性が問題にされ,Editorial Intra-articular bupivacaine: potentially chondrotoxic? British Journal of Anaesthesia 102 (4): 439?41 (2009)によれば,肩関節の関節鏡下手術で術後,PAGCL(post-arthroscopic glenohumeral chondrolysis)をきたした症例の原因として0.5%ブピバカインの関節内持続注入が示唆されています.実験でブピバカインは牛,人の軟骨細胞を濃度依存性,暴露時間依存性に障害することが示されています.
関節の表面を覆っている硝子様軟骨には血管がなく,その栄養を関節液に依存しているため,関節内に長時間,高濃度のブピバカインを投与することは好ましくないでしょう.ロピバカインはプピバカインほど軟骨細胞への毒性は強くないとされ,シングルショットで使用する分には臨床上は問題ないそうです.膝の関節鏡手術では0.375%アナペイン20ml,足関節では0.375%アナペイン10mlで十分な鎮痛効果が得られます.

    • DVT

DVT予防目的で術後抗凝固薬が使用されることが多くなりましたが,麻酔科医としては術前からすでにDVTができていないかにも関心があります.SpO2が低い,骨折などで長時間不動化されていた,片側性の下腿浮腫がある,高度肥満などのハイリスクケースでD-Dimer高値なら,簡便に行えるTwo-point compression test を試みています.
鼠径部と膝窩部にリニアプローベをあて,common femoral veinとpopliteal veinを圧迫してつぶれるかどうか確認することで静脈血栓の有無を判断する簡単な方法です.ひらめ筋内の静脈血栓を検索するのはそれなりの時間と技術が必要ですが,この方法であればそれほどむつかしくありません.以下の文献が参考になります.

Israeli Journal of Emergency Medicine - Vol. 6, No. 3 Sept. 2006
Bedside Ultrasound for Detection of Deep Vein Thrombosis: the Two-Point Compression Method

N Engl J Med 1989; 320:342?5.
Detection of Deep-Vein Thrombosis by Real-Time B-Mode Ultrasonography

    • 術前診察でのエコー活用

始めの頃,不慣れな神経ブロックを行う予定の手術では,術前診察のときにエコーを持って行くようにしていました.特に腕神経叢や膝窩部で行うブロックは,術前診察で確認しておくと,本番であわてないですみます.また,DVT疑いの場合は,上記のTwo point compression testがすぐ行えます.

    • 個人名のついた骨折

整形外科では骨折に個人名のついたものが多いです.

コレス骨折(Colles Frx, 1814 Abraham Colles): 橈骨遠位端関節外骨折で遠位骨片が背側へ転移
スミス骨折(Smith Frx, 1847 Robert William Smith):橈骨遠位端関節外骨折で遠位骨片が掌側へ転移
バートン骨折(Barton Frx, 1814 John Rhea Barton):橈骨遠位端関節内骨折で遠位骨片と手根骨が転移
ショフール骨折(Chauffeur Frx):個人名ではなく運転手の意味,橈骨茎状突起骨折
モンテジア骨折(Monteggia Frx, 1814 Giovanni Monteggia):近位(1/3)尺骨骨折+橈骨頭前方脱臼
ガレアッチ骨折(Galeazzi Frx, Riccardo Galeazzi):遠位橈骨骨折+遠位橈尺関節の尺骨頭脱臼
エセックス-ロプレスティ骨折(Essex-Lopresti frx, 1951 Peter Essex-Lopresti):橈骨頭骨折+遠位橈尺関節脱臼+前腕骨間膜断裂
ベネット骨折(Bennett Frx, 1882 Edward Hallaran Bennet):母指中手骨基部関節内脱臼骨折
ローランド骨折(Rolando Frx, 1910 Silvio Rolando):母指中手骨基部関節内骨折でYまたはT字型骨折(ベネット骨折より予後不良)
メゾヌーブ骨折(Maisonneuve Frx, 1840 Jules Germain Francois Maisonneuve):腓骨近位部骨折と脛腓靭帯完全断裂
ピロン骨折(Pilon Frx):個人名ではなくハンマーの意味.脛骨天蓋(多くは粉砕)骨折と腓骨骨折(重症の足関節骨折)